基本コンセプト
乗用車は中央集権的だった
20世紀の乗用車は基本的に内燃機関というただひとつの強力な動力部を持ち、その力が全体に分配されて動作している。FF、FRなどというエンジンの位置と動力伝達の形式が車体を表す最も重要な区分である事からもわかるように、エンジンこそが車体の中枢である。この意味ではエンジンをモーターに置き換えた電気自動車は20世紀的な技術の系譜に存在する。
これに対し、ロボティクスにおいては各動作部に小型のモーターが配置され、それらが協調動作を行うことによって滑らかで多様な動作を実現する。中枢と呼ぶべきものは、動力ではなくそれらを統合制御するコンピュータネットワークである。このような分散型の技術コンセプトで乗用車の車体を構成することはできないだろうか。
インテリジェントなホイール・モジュール群による協調動作の実現
研究は、動力を分散することから始まった。基本的な推進モーターはそれぞれのホイールに置かれる。内燃機関を持つ乗用車では通常、4つある車輪のうち動力を伝える車輪は2つにすることが多い。ひとつのエンジンのパワーを生かすため、車輪の数はできるだけ少なく設計されるのである。これに対してハルキゲニア・プロジェクトは、ひとつの車体の車輪数を限定しないところからスタートした。
最初に、自由度の高い小さなホイール・モジュールを設計する。走行用以外に、その位置や方向を制御するための3つのモーターを加え、ひとつの車輪を4モーターが制御する。それぞれのモジュールは自らの姿勢を知るための角度センサと制御用のサブCPUを持つ。このホイール・モジュール(脚モジュール)が基本単位となり、必要に応じて集結、協調してひとつの車両を作る。
分散協調システムをベースにすると、居住スペースの考え方も全く新しいものになる。ガソリン車では定員や車載重量に応じてエンジンのサイズや、性能が個別に決定されるが、ハルキゲニアでは、必要に応じて小さなホイール群が集まってシャシーを作る。ホイール・モジュールは一見、「脚」であるが、技術コンセプトとしては、むしろ小型のロボットが多数集まってフロアを支えているイメージである。フロアの上にあるものが重くなれば、より多くの小型ロボットが参加し、居住スペースを支える。小型のホイール群とバッテリーを適切に床下に配置すれば、フラットなフロアが台車のようなかたちで実現し、目的に応じて多様なキャビンのデザイン、乗員レイアウトの展開が可能になる。
冗長性がもたらす多彩な動作と応用
最新の制御技術がこれらのホイール群を巧みに協調させ、4つのホイールでは不可能だった車体動作を生成する。その場で回転する。車体の向きを変えないまま滑るように自由な方向に移動する。あるいは車体の水平を保ったまま、登坂したり、ギャップを乗り越えたりすることができる。
それぞれのホイールは、いつも地面に接しているわけではない。むしろ必要に応じて持ち上げられ空中で向きを変えることによって、急速な方向転換や回転を実現している。同時にすべてのホイールが地面を蹴っていることはむしろ少ない。この冗長性が従来の乗用車では考えられない多彩な動きを可能にする。
都市生活者のための機能的な足
ハルキゲニア・プロジェクトの最初の目標は都市における日常の足である。すでに都市インフラの整備は限界に来ており、現状の都市内の乗用車はなかなかその性能を生かせない。そうした日常的な過密の中でも、ハルキゲニアは小さなスペースを有効に利用することを目指した。車体が入れるスペースさえあれば、どんな角度からでも滑り込むことができ、大きなギャップや段差も滑らかに乗り越える。排気ガスの出ないクリーンなハルキゲニアは、屋内外の境界も取り払って都市生活者の本当の足になってくれるにちがいない。
また、小型ホイール・モジュールによる分散協調システムと言う基本コンセプトは、レスキューなどの特殊車両や福祉車両、物流用など、様々な車体への応用が考えられる。